2012/07/20

Vans's presence in New York and the East Coast.


Vans DQM General
New York Flagship Store 
Vans and skateshop DQM open The Vans DQM General Specialty Skate Store to be located at 93 Grand Street in the heart of New York’s coveted SoHo district on September 15, 2011.
 ヴァンズ(本社:カリフォルニア州サイプレス、スティーブンM.マーレイ社長)がついにニューヨークにスケートボード・メガブティックをオープンした。ストアはSOHOのグランドストリートに9月15日オープンした。DQM(本社:ニューヨーク、クリス・キーフ社長)とのジョイントベンチャーで、名称は「Vans DQM General」となっている。ヴァンズは約270の直営店をアメリカ国内に展開しているが、イーストコーストで直営旗艦店を出店したのは今回が初めてである。
Vans and skateshop DQM open The Vans DQM General Specialty Skate Store to be located at 93 Grand Street in the heart of New York’s coveted SoHo district on September 15, 2011.
店舗運営はDQMが行うが、実質的にはヴァンズの旗艦店である。ヴァンズはクラシックモデルに加えてアイコニックモデルの「ヴォルト」、「サーフ」、「カリフォルニア」、「OTW」、さらにスケートボードデッキ、ホイールも揃えている。いっぽうDQMはオリジナルのストリートウエアを同店で総合展開した。発表ではヴァンズのウエストコースト・スケート&サーフスタイルと、DQMのイーストコーストストリートファッションを融合したスケートボード・メガブティックと説明されている。
SOHOには2010年11月にコンバースが本格的な旗艦店をオープンした。コンバースストアはボストン、ベルリンと同時オープンした本格的旗艦店だった。コンバースストアの2ブロック隣にはサプリームがある。ヴァンズ新店はコンバースストアから徒歩10分のロケーションにオープンした。SOHOにはスチューシーも出店しているし、DCの旗艦店も以前からある。
かつてSOHOはヨーロッパ高級ブランドのブティックディストリクトだった。2010年からたった1年間で、SOHOはスケートボーダーを吸引するメッカになりつつある。

Nike and Levi’s Collabolation


511 Skateboarding Denim
Levi's 511 Skateboarding Denim.
ナイキ(本社:オレゴン州ビーバートン)とリーバイス(本社:カリフォルニア州サンフランシスコ)は7月4日、コラボレーション・コレクション「511 Skateboarding Denim」を発売した。イメージアイコンにはナイキ契約ライダーのオマー・サラザーが起用され、エンドースモデルの「LR」が同時発売された。

Nike Omar Sazalar LR Black. 

「511」はリーバイスのスキニーシルエットの定番モデルだが、2011年にサイクリスト向けのコミューターモデルを発売して成功を収めている。「511 Skateboarding Denim」はそのスケートボーダーバージョンで、ナイキはオマー・サザラーのエンドースモデル「LR」を組み合わせてカプセルコレクションに仕立てたのである。双方にとってアドバンテージのあるプロジェクトで、リーバイスは511チームエディションを7月4日、国内向けに900本出荷したと発表している。8月1日には第2弾が発売される。

2012/07/17

Nike and Dover Street Market


Nike x DSM Air Force 1
Nike and Dover Street Market 2012 Collaboration Air Force 1.
ドーバーストリートマーケット(DSM:ロンドン)とナイキ(本社:オレゴン州ビーバートン)は、Air Force1(AF1)コラボレーションモデルを7月28日発売する。カラーはブラックとホワイトの2種で、DSMの限定モデル独占販売限定モデルである。価格は発表されていない。
同モデルのアッパーには防水・遮風素材のベンタイルを使用しており、タンにはタイベック素材(PE不織布)のタブを装着している。タブにはDSMの番地(17-18)が印刷されているが、これがいわばモデル名でもある。デザインはミニマリックで、カラーはブラック&ホワイト。いかにもコムデギャルソンらしさ満点のコラボレーションモデルである。
Dover Street Market London Store, UK.
ロンドンは7月27日からサマーオリンピックがスタートする。これから8月12日のオリンピック開催期間中、世界中のブランドメーカー、小売りチェーンがロンドンでプロモーションを展開する。Nike とDSMのAF1もその一つである。モデルのネーミング「17-18」は、オリンピック開催期間の17日も念頭に置いたネーミングである。
サマーオリンピック・ロンドン大会記事はブログ「American Sports Style」にも掲載していますのでご覧下さい。

2012/06/29

Nike Reports Fiscal 2012 Results


Nike Financial Result Fiscal 2012
Nike Free 3.0.
ナイキの2012年5月期業績が発表された。連結売上高は241億2,800万ドル(前期比15.7%増)、純利益22億2,300万ドル(同4.2%増)となった。
3月に発表された9カ月業績では売上高17%、純利益9%の伸びだったから、4Qがブレーキになった。特に経費増で利益を押し下げてしまった。大方のアナリストはユーロとドルの為替変動の影響でスローダウンを予測していたがその通りになった。
Nike Sales Results 1997-2012

ブランド売上はナイキ210億7,200万ドル(前期比16%増)、その他5ブランド合計は30億9,500万ドル(同11%増)だった。ナイキ(構成比87%)への一極集中は今も続いている。すでにコールハーンとアンブロは売却が決定しているが、この2ブランドを除外すると、ナイキ構成比は実に90%を越える。2ブランド売却で、ナイキが単独ブランドで今後の成長を考えていると判断するのは早計に過ぎる。2ブランド売却は、むしろナイキには逆の選択肢ポテンシャルが高まったこと反映している。
                   Nike’s 2 Trouble Fields
NikeStore Harajyuku,Tokyo.
ナイキのウイークポイントはナイキジャパン(8億2,900万ドル:前期比8%増)とアクションスポーツ(4億9,900万ドル:同6%増)の2つのビジネスユニットである。ナイキジャパン(為替補正後1%伸び)は依然として低迷から抜け出せていない。2011年に史上最大のキャンペーン(The Chosen)を展開したアクションスポーツも、期待どおりには伸びていない。この2つの課題は、ここ1〜2年でメスを入れることになるだろう。

2012/06/26

Nike Analysis Fiscal 2012


More clarity on their Leading Position

Mark Parker, President and CEO of Nike Inc.
 ナイキ(本社:オレゴン州ビーバートン、マーク・パーカー社長兼CEO)は2012年5月期業績を6月28日発表する。今回のナイキ業績は極めて重要な意味を持つ。すでに2年目に入った「2015 Global growth Strategy」の成果を占う初の業績発表になるからである。3月22日発表した第1〜3四半期連結業績は売上17%増、純利益9%増だった。決して悪い数値ではない。しかし、ナイキが総力を挙げて推進してきたアクションスポーツ攻略と、子会社育成は満足する内容ではなかったことが、すでに9カ月業績で明らかになっている。
そこで、これから1週間、ナイキの最新情報を逐次発表する「Nike Pop-Up Blog」を立ち上げます。過去に発表したナイキ関連情報も、重要情報だけは再掲しました。業績発表はPT(太平洋標準時)午後1時で、PT2:00からは経営陣が出席する業績説明会も開催される。我々は業績速報をこのブログで6月29日JSP(日本標準時)午前11時までにアップロードします。


関連情報は「Monday Night Sports Club」でもご覧頂けます。

2012/06/15

Nike Digital Store Network 2012


Niketown Global Remodeling
Nike Town London reopen its first-ever Nike digital store in 2010, 
 ナイキ(本社:オレゴン州ビーバートン、マーク・パーカー社長兼CEO)はナイキタウンの本格改装オープンに着手した。改装第1号は18カ月前のロンドン(2010年11月オープン)だったが、次いでポートランド(2011年11月オープン)も改装した。ポートランドは改装後に店名からタウンが削除され、「Nike Portland」に変更された。3月にはシカゴが改装のためクローズし、5月にサンフランシスコも改装のためクローズした。両店とも改装後は店名からタウンを削除すると見られている。つまり両店ともナイキタウンではなくなるわけである。

Nike Digital Store Network
Nike reopen their secong Digital reonforced store in Portland, 2011.
 ナイキタウンは第1号のナイキタウンポートランドが1990年、最後のロンドンは1999年にオープンした。今後次々に改装される予定である。改装はサンタモニカ店(2010年オープン)がモデル店で、最大の狙いは店舗のデジタル化である。
ナイキはNIKEiD(カスタマイズ)とクイックストライク(限定モデル)を統合して、ビジネスのデジタル化を推進して来た。ナイキタウン改装は、デジタル・ネットワークのHUB構築である。ナイキはデジタル化で、他の追随を許さない圧倒的な優位性を確立しつつある。

Nike launches Twitter RSVP


Twitter RSVP
A riot erupted late Thursday night at the Florida Mall
Nike Twitter RSVP is ewliminating the need to camp out
 in line at Nike stores to secure a coveted Shoe
 ナイキが4月19日に発表した「Twitter RSVP」は、アメリカで非常に注目を集めている。この方式がうまく稼働すれば、深夜のクイックストライク(限定発売モデル)発売で再三にわたって発生した客の暴徒化が防げるからである。日本のメディアやブランドメーカーは無関心というより、ほとんど知らないようなので、簡単にお知らせします。
ナイキのクイックストライクは固定化したファン層が存在しているから、SNSで比較的容易に集客できる。しかし、従来の情報発信では特定人数を集めることは難しかった。200足の発売で、2,000人集まってしまうから問題が起こったのである。
「Twitter RSVP」はこのネックを解決するために開発された販売システムである。購入客はストアがツィートしたハッシュタグ(#tag)、自分のIDナンバー、シューズサイズをダイレクトメッセージで送信するだけで良い。受付は先着順に処理され、ストアからサイズ確認がダイレクトメッセージで送信されれば完了である。受け取りは、発売日にIDを持参して受け取る。
Twitterは新商品プレゼンテーションやプロモーションに採用されて、大きな効果を生み出して来た。しかし、ナイキのように販売処理の一部に組み込んで利用している企業は米国でも皆無に近い。SNSはいまやeコマースの販促ツールから販売ツールとして使用する時代が始まった。日本のブランドメーカーやトレードメディアのeコマース観は、周回おくれどころか、三周も四周も遅れている。

2012/06/13

Nike Plimsoll Summer 2012


Nike Killshot II
Nike Killshot II  Whitye Leather + Gum Sole.
プリムソールの復権は、キャンバススニーカーブランドだけが恩恵を受けているのではない。ハイテクのトップブランド、ナイキもヴィンテージモデルが注目されている。1979年に登場した「キルショットII」がホットアイテムになっている。オリジナルのキルショットIIはラケットボールとスカッシュ兼用のコートシューズだった。
ナイキは2009年にキルショットIIをヴィンテージモデルとしてリバイバル発売した。当初は動きが良くなかったが、2010年にUKエクスクルーシブで発売されたガムソールモデルが、オールドスクールルックとしてSize?(UK)やアーバンアウトフィッターズ(US)のUKストアホットアイテムに成長した。2012年は1月から次々にカラー、マテリアルの異なるモデルが発売されている。
日本のイナーシティストアはキルショットIIを名品だのコンテンポラリーだの見当違いのことをいっているが、ナイキジャパンはもっと正確な情報を提供すべきである。

Nike Tennis for Wimbledon 2012


SW 19 Collection
Nike SW17 Collection, Air Max Courtbalistic 4.3 for Rafael Nadal.
 ナイキはロジャー・フェデラーとラファエル・ナダル、マリア・シャラポワ、ペトラ・クビトバ、リ・ナ、セレナ・ウイリアムスがウインブルドンで着用するパフォーマンスウエアを発表した。いずれもホワイトベースで、ノーブル&エレガントなデザインになっている。コレクションに使用されている「SW19」はウインブルドンのポストコードである。なかなか味なことをしますね。
フェデラーはポロ、ウーブンショーツ、シューズは「Zoom Vapor 9 Tour」をコーディネイトしている。ティンカー・ハットフィールドのデザインである。いっぽうナダルはクルーネックTシャツ、ショーツ、シューズはAir Max Courtbalistec 4.3をコーディネイトしている。シャラポワはステイツメントドレスにシューズはLunar Speed 3のコーディネイトである。ドレスはファッション誌でフェアリーテイルスタイルと呼ばれている。

Tennis gear for Top Player
Nike SW19 Collection, Slam Statement Dress for Maria Sharapova, left.
フレンチオープンでは3選手ともカラーコスチュームだった。ローランギャロスはクレイコートなのでコートサーフェイスのブリックレッドに調和するカラーを選択するという配慮も必要になる。プレー中の汚れも当然考慮しているだろう。いっぽうウインブルドンはローンコートなのでホコリ、汚れの考慮は不用である。しかし、センターコートでは皇室ご来臨を想定しておかなければならないので、どうしてもホワイトベースにならざるを得ない。
ウインブルドンはもちろんレジスターされているので、ライセンス企業しか使用できない。現在はポロ・ラルフローレンがライセンシーになっている。しかし、今年はQE II(Queen Elizabeth II)の在位60周年である。1社ぐらいは、QE IIでなくても、Duke Line(Prince William)、Dechess Line(Catherine Middleton)を発表しても良さそうな年である。2011年にはケンブリッジ公ご夫妻はロイヤルボックスで観戦された。

2012/06/02

Nike To Divest Cole Haan, Umbro


Focus on its Namestake Products
Cole Haan Campaign poster, 2010 Fall & Winter.
 ナイキ(本社:オレゴン州ビーバートン、マーク・パーカー社長兼CEO)は5月31日、傘下のコールハーン(本社:ニューヨーク)とアンブロ(本社:マンチェスターUK)を売却し、ナイキ、ジョーダン、コンバース、ハーリーに経営資源を集中すると発表した。
アナリストの評価では、ナイキはアスレチックフットウエアのトップブランドで、コールハーンはプレミアムドレスシューズだから相性の良いはずが無い。いっぽうアンブロはアスレチックブランドなので、ナイキブランドで置き換えることができるから不要であると言っている。そんなことは最初から分りきったことで、いまさらしたり顔で言うようなことではない。
ナイキがこの2社を買収したのは、もとはといえばコンフォートとサッカー進出が目的だった。そのどちらも成功しなかったので、不用になったブランドを切り捨てただけのことである。残したハーリーとコンバースだって、どれだけ育成できるかあやしいものだ。
マーク・パーカーはまたまた「Get rid of the crappy stuff and focus on the good stuff」*を断行したわけだが、まったくクールな決断のできる経営者である。

*2006年にスティーブン・ジョブズ(当時Apple社長)がパーカー社長に贈ったアドバイス

2012/06/01

Nike Digital Business Strategy


Wellcome to Pop-Up Fan Site


このブログはナイキとは無関係のマーケティング情報サイトです。また、短期間だけ公開予定のポップアップブログです。我々はナイキのシューズマニアでもなければ、ナイキシューズを使用しているアスリートでもない。ナイキのビジネスを分析しているマーケティングアナリストです。ナイキのマーケティングは小レベルの水準にあるため、我々は多くの分析を発表してきました。我々のブログをご覧になった方から多くの質問を受けたので、ナイキ最新情報をポップアップブログで公開しました。興味のある方はご覧下さい。

Niketown remodeling
Niketown London, Oxford Circus, London UK, courtesy by D.Yukimura.
ナイキ(本社:オレゴン州ビーバートン、マーク・パーカー社長兼CEO)はナイキタウンの本格改装オープンに着手した。改装第1号は18カ月前のロンドン(2010年11月オープン)だったが、次いでポートランド(2011年11月オープン)も改装した。ポートランドは改装後に店名からタウンが削除され、「Nike Portland」に変更された。3月にはシカゴが改装のためクローズし、5月にサンフランシスコも改装のためクローズした。両店とも改装後は店名からタウンを削除すると見られている。つまり両店ともナイキタウンではなくなるわけである。
Nike Digital Store Network
Nike Portland store, Portland OR.
ナイキタウンは第1号のナイキタウンポートランドが1990年、最後のロンドンは1999年にオープンした。今後次々に改装される予定である。改装はサンタモニカ店(2010年オープン)がモデル店で、最大の狙いは店舗のデジタル化である。
ナイキはNIKEiD(カスタマイズ)とクイックストライク(限定モデル)を統合して、ビジネスのデジタル化を推進して来た。ナイキタウン改装は、デジタル・ネットワークのHUB構築である。ナイキはデジタル化で、他の追随を許さない圧倒的な優位性を確立しつつある。
関連情報は下記のブログでも発表しています。ご覧下さい。



2012/05/31

Nike 21 Mercer NYC, May 2012


21 Mercer threw off all disguise
Mark Parker attended NSW SOHO Opening Day.
2008年8月21日深夜、ソーホーのマーサストリートでカウントダウンが始まった。昼間でも人通りのほとんどないマーサストリートは、この夜だけは通りを埋め尽くした人で溢れた。22日午前零時、ナイキ初のスポーツウエアブティック「Nike Sportswear」(NSW)はカウントダウン終了と同時にオープンした。
この夜のオープニングに参加したメンバーで、NSWがナイキの新しい顔、もう一つのナイキの出発だったことに気付いた人はほとんどいなかった。NSWはいわばナイキのセレクトショップだった。2006年に社長就任したマーク・パーカーの、デザイン・フィロソフィーとマーケティングのハブステーションだった。ここからナイキの新しい時代が始まったのである。

Store to design and Customize
Nike Sportswear, 21 Mercer, New york City.
NSWはカスタマイズ専門のスポーツウエアとシューズ発売拠点としてスタートした。オープニングには当時のナイキ最先端テクノロジーとニューモデルが勢揃いした。オープンに合わせて開発された最新ランニングモデル「Luna Racer」、それに同店用の限定バージョンとして「Air Max 90 Flywire」「Air Rejuven8」「Dunk Hi」も登場した。
NSWはナイキが全世界に8店舗しか展開しなかった。日本のNSWも含めて、世界のグローバル都市に出店された7店はお世辞にも成功したとは言えない。しかしニョーヨークのNSWはほとんどのナイキ・クイックストライク(限定モデル)を、マーサストリートから世界に向かって発信するネットワークハブになった。ネットワーク時代には、NSWのようなハブストアは世界で1店あれば充分なことを示したのである。

NSW revitalized So SOHO
Nike Sportswear, 21 Mercer, New york City.
「21 Mercer」のオープンは、9.11後の8年間、ニューヨーク最先端から取り残されていたソーホーが再びマンハッタンの第一線に復帰した夜にもなった。NSWオープンをきっかけにして、サウスソーホーには最新のブティックが出店するようになった。NSWはナイキの新時代の幕を切って落とすとともに、セントラルソーホーに代わる新ショッピングゾーン「South SOHO」ブーム火付け役にもなったのである。

2012/05/07

Nike Financial Result Fiscal 2012


9 month result
Mark Parker Nike Olympic Innovation Summit.
 ナイキ(本社:オレゴン州ビーバートン、マーク・パーカー社長兼CEO)の2012年5月期9カ月業績(2011.6〜2012.2)が発表された。5月決算の発表は6月27日頃の予定なので、それまでまだ1カ月はある。そこで年間業績予測も兼ねてナイキの9カ月業績をお知らせします。
第1〜3四半期連結売上高は176億5,800万ドル(前期比17%増)、純利益16億7,400万ドル(同9%増)となった。ブランド別売上はナイキ154億7,600万ドル(同17%増)、その他のブランド21億9,900万ドル(同9%増)である。
日本市場売上高は5億8,900万ドル(為替調整後:前期比-2%)で、フットウエアは3億1,000万ドル(同1%増)、アパレル2億3,100万ドル(同-5%)、イキップメント4,800万ドル(同-8%)だった。ナイキジャパンの不振はようやく下げ止まって来たようだが、まだまだ反転上昇という可能性は低い。
ナイキは世界戦略の主要目標の一つに、傘下ブランドの育成強化をあげて来たが、傘下のコンバース、コールハン、ハーリー、アンブロ合計売上伸び9%増に対して、ナイキブランドは17%増で、ナイキへの一極集中は依然進んでいる。粗利益率は43.6%(前期46.1%)で、収益性は前期に続いて低下傾向にある。

2012/02/27

Nike Foamposite Galaxy


The Shoes cause Rioting at a Florida Mall
Nike Foamposite Galaxy, limited.
 ナイキが2月24日に発売した限定モデル販売でまたも客の暴徒化が発生した。今回はフロリダ州オーランドで発売した「フォームポジト」のNBA All Star Model購入客が暴徒化した。1カ月前の2011年12月23日にも、「Jordan 11 Retro」限定モデル発売で、購入できなかった客が暴徒化した事件が起きている。
ナイキレトロモデル購入客の暴徒化は、日本でもときどき報道されるが、人気モデルの取り付け騒ぎとして報道されるのが普通である。いっぽう米国メディアはスニーカーヘッズ(日本のオタクです)が起こした無分別な行動と片付けているところが多いが、実際はそれほど単純なことではない。この問題はヒットモデルの供給不足や、購入客のモラル低下が原因になっているのではなく、もっと重要な市場変化が背景にある。
Sneaker Riot, Florida Mall, Orland, Florida,
ナイキ新発売モデル購入客の暴徒化は、00年代には全米レベルで再三にわたって発生した。しかし現在起こっている暴徒化は10年前とは決定的に違う、局部的・瞬間的な「フラッシュモブ現象」である。当事者のナイキさえもこの点を正確に理解しているとは思えない。日本のブランドメーカーに至っては、これだけ重要な問題を、聞いたことも無いという人たちが大半である。そこで、我々のブログ「Action Sports Style」で、現代のプロモーションとセールスのキーファクターになっている「フラッシュモブ現象」として、ナイキ・フォームポジト限定モデル販売動向を分析した。いったいこのことがどういう意味を持っているのか、またどう理解すれば良いのかを考えましょう。

2012/01/20

Nike Air Jordan 11 Retro


People fights about Jordan Retro
Air Jordan Basketball Shoe 11, Retro.
 ナイキ(本社:オレゴン州ビーバートン、マーク・パーカー社長兼CEO)が12月23日に発売した「Jordan 11」レトロモデル購入で、またもやトラブルが発生した。日本のメディアでも報道されたのでご存知の方も多いと思う。良くあることなので我々のブログでは取り上げなかったが、多くの方から質問をいただいたので、我々の見解を掲載することにした。
ジョーダンレトロモデルは1996年に発売されたオリジナルの復刻モデルで、フットロッカー、チャンプス、一部のインナーシティストア、ナイキ直営店で発売された。価格は180ドルである。ナイキは販売効果を高めるために、ジョーダンの背番号にちなんだ12月23日午前0時に発売した。購入者は前日22日夜から列を作って待機していたが、販売がスムーズに進まなかった地区でトラブルが発生したのである。
トラブルは販売店頭で客同士のいざこざが発生し、警官が出動する騒ぎになったというのがほとんどである。中には逮捕の出た都市もあったが、死者は出なかった。多くの方からの質問では、」ジョーダンがブームになっているから奪い合いになったのかというニュアンスだったが、そういうことも全くない。

Ronie Fieg talk about Sneaker hysteria.

Ronnie Fieg, Shoe Designer, New York.
こういうトラブルは良くあることで、取り立てて珍しいことではない。ナイキはこの件に関して「ジョーダン11発売で暴力沙汰がおこったことを大変遺憾に思っています」とのステートメントを発表したが、ナイキが社会的な指弾を浴びるというほど深刻なことではない。むしろナイキにとってもっと深刻な問題は、ワールドキャンパスの「ジョー・パターノ」チャイルドデイケアセンターのほうだろう。こちらの方は、遺憾でございますで済むという問題ではない。
そこで、ジョーダンレトロ問題の本質を最も正確に言い当てていると思われるロニー・フィーグのインタビュー記事(ABCニュース)を引用して、皆さんの回答に代えさせて頂きます。
フィーグはニューヨーク在住のフットウエア・コラボレーターで、ナイキ、アシックス、セバゴなどとのコラボレーションを多数手がけている。特にインナーシティ消費者の評判が高いから、今回のトラブルのコメンテーターとしては最も適切だろう。
フィーグは「ジョーダンレトロで暴力沙汰が起こっても、特に驚くようなことじゃない。供給が購入者より少ない時はよく起こることだ。子供たちは並んでいたのにジョーダンを買えないということになれば我慢するということも知らないし、きちんと並んでいる順番に購入するという常識もわきまえていないから、喧嘩になってしまっただけだ。エアジョーダンは今回のようなヒステリックな問題を何度も起こして来た。いまさら驚くようなことじゃない。
それにしても、ジョーダンは本当に革命的なスニーカーだった。ゲームも変えたが、我々のスタイルも変えた。教会でもプロムでも、ストリートでもパーティでも履いてゆけるシューズだった。そういえば、ジョーダンは1996年の優勝時にはたしかブラック&レッドのエアジョーダンを履いていたなー。」だそうです!
ジョーダンレトロモデルは発売後数時間でeBayオークションに500ドルで出品された。ナイキのエアジョーダン年間売上高は10億ドルである。

2011/09/26

Nike Skateboard Style “ The Chosen” -3


Expansion for Nike SB skate shoe
Nike SB Blazer Sky Blue.
 ナイキ(本社:オレゴン州ビーバートン、マーク・パーカー社長)はThe Chosenキャンペーンに合わせてスケートボードシューズの本格強化を推進中である。ダンク、ズーム、ブルーインに続いて、ブレイザーもSBモデルを発売した。同時にポール・ロドリゲスのエンドースモデル「P-Rod 5 2012 Spring」も発表した。アメリカのスケートボードシューブランドの不振を尻目に、ナイキはスケートボードシューズをさらに強化する。
ナイキは6月2日にアクションスポーツキャンペーン「The Chosen」を正式にスタートした。キャンペーンはナイキ自らがアクションスポーツの「Just Do It」だと説明するほどの本格キャンペーンである。スタートはビデオをフェイスブックにアップロードすることから始めた。ターゲットがトゥィーンズなので、ヴァーチャル空間からプロモーションをスタートしたのである。6月5日にはNBAファイナル第3戦でTVコマーシャルを放映した。これまでアクションスポーツの弱点になっていたアフリカンアメリカン消費者に訴求するためである。7月4日には全米の映画館でもプロモーションビデオを放映した。アクションスポーツはキッズ市場が重要なので、ファミリームービー観客を巻き込むのが目的だった。

From Extreme to Main Stream
SB Zoom Stefan Janoski.
 「The Chosen」キャンペーンのヤマ場は、8月初旬にハンチントンビーチで開催されたアクションスポーツイベント「Nike US Open of Surfing」だった。同大会はサーフィン業界最大イベントで、大会期間中には「6.0 BMX Pro」(Bicycle Motocross)やスケートボードイベントも開催された。ナイキはグループのコンバース、ハーリーとともにイベントをスポンサードした。大会はナイキグループ一色となって、アクションスポーツはナイキグループが買収してしまったかのように印象づけた。
イベントに合わせて、ナイキは保有しているアクションスポーツシューズの新モデルを一挙に発表した。ラインナップはポール・ロドリゲス「P-Rod 5」(2012 Spring)、ステファン・ジャノスキー(SB Zoom)、エリック・コストン(SB Dunk)などのエンドースモデル。またバスケットシューズのブレイザーで初のSBモデル(SB Blazer)を発表した。さらに2007年発売のSB Harborも新作を追加した。
アクションスポーツ市場は、次期ナイキ成長戦略の最重要カテゴリーである。今後10年間、ナイキは総力を挙げてアクションスポーツシューズ開発・販売に取り組む。2011年はそのスタートイヤーだった。

2011/09/24

The Nike Empire " The Chosen"-2


Nike Action Sports History 
The Chosen Campaign Poster.
 ナイキは過去2回、メガキャンペーンを敢行していずれも成功した。最初は1989年にワイデンケネディと組んだ「Just Do It」で、第2回目は1993年にCAAと組んで展開した「Emotional Nike」キャンペーンである。
「The Chosen」はナイキ史上3回目のメガキャンペーンだが、前2回に比較して最もアグレッシブで、空前の規模のメガキャンペーンである。資金、内容、手法のいずれをとっても、米国ブランドキャンペーン史上有数のメガキャンペーンだったことが明らかになった。これで成功しなかったら、ナイキのスケーボーボードシューズを買わなかった子供達がおかしいといわれかねないほどの本格キャンペーンだった。
ナイキ新戦略の波及で、日本のアクションスポーツ業界とビジネスマップは完璧に塗り替えられることになる。日本は「The Chosen」キャンペーン対象地域から除外されているからメディアも小売りチェーンも、さらにはナイキジャパンでさえも「The Chosen」の真の意図は理解されないまま進んでいる。日本の皆さんはナイキグローバルキャンペーンの持つ重要性と強烈な市場インパクトにもっと関心を払うべきである。

Latest Challenge for Action Sports
US Open 2011, Huntington Beach, California. 
 ナイキは今から15年前、1996年春のASRショーに初めてスケートボードシューズ3モデルを出展した。翌97年にはスノーボードも発表した。それから15年間、様々なトライアルを繰り返してきたが、アクションスポーツ市場で満足すべき結果を納めたことは一度も無い。2002年にハーリーを買収したが、ハーリーの業績は低迷続きで、ようやく最近になってリストラが終わったところである。コンバースも2003年に買収したが、いったいコンバースをどう育成するのかがクリアになったのは2009年になってからだった。
しかしナイキブランドはスケートボードストアの壁面を確実に占拠し始めた。まったく長い道のりだったが、新しい帝国建設がスタートした。マーク・パーカー(CEO)がアクティブスポーツスタイルに代わるオルタナティブスタイル開発に決断を下したのは間違いない。ターゲットはトゥィーンズである。ナイキの決断は正しい。今後10年間、ナイキはグローバル市場で再び安定成長軌道に乗り、新帝国版図を構築することになるだろう。